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この一週間・・☆

あっという間の1週間でした。

今日は、(正確には、昨日ですが)ディプロマ試験の引率をさせて頂き、ディプロママジック・・癒されていく時間を共に過ごさせて頂きました。
H先生始め、Y先生、スタッフの先生方、そして、同じ時間を一緒に過ごさせて頂いた生徒さん方、引率して下さった先生方、本当に有り難うございました。
本当に不思議で、同じエネルギーを持ち合わせた生徒さん達の集まりとなりました。
一人一人のシェアを、本当に丁寧に聞いて下さり、アドバイスを頂く中で、生徒さん達のお顔が・・オーラが変わっていくのが、良く分かりました。

今回、このディプロマの前に、E子さんが亡くなるという深い悲しみがありましたが、ディプロマが、あったからこそ、頑張れたと思います。
まだ、少し辛いな~っと思う事もありますが、前向きに、すすんでいこうと思います。
又後から、感想は書かせて頂きます。

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今回、沢山のエネルギーサポートを有り難うございました。
心が空っぽになり、時に、涙ぐんでしまうこともありますが、もう切り替えてしっかり、一日一日を大切に過ごしていこうと思います。

小さくなってしまったE子さんも、一昨日でしたか・・娘さん達が住む借家では、お世話が大変でしょうからと、お寺のおっさまの計らいで、お寺で預かってくれる事になりました。

それまで、我が家に預かっておりましたので、少しずつ、通常の生活に戻りつつあります。

突然の出来事は、2日の日に起きました。
20日に体調が悪いので、病院に連れて行って欲しいと、当日、仕事を休んでいた長女に、掴まりつつ、病院へと、行き、すぐ入院となってしまいました。

18日にお薬の投与をし、その後、体調を崩していきました。
出来るだけ、病院には、顔を出し、ヒーリングや、トリートメントや、愚痴聞きなどをし、励ましてきたのですが、2日の日、私達夫婦は、午後から、メゾソプラノのリサイタルに招待をされ行きました。
その帰りに、突然と、病院へ、いかなくっちゃという思いに駆られ、夫に、行こうと誘い、向かいました。
その時には、まだ、意識もしっかりあり、「お水が欲しい」と言う言葉や、様々な言葉を伝えてくれましたが、、こっそりと、看護師さんが、「心拍数が少なくなって来ているので、覚悟をしておいて下さい」と言う言葉と共に、「逢わせておきたい人を呼んでおいて下さい」と言う言葉で、大変な状態だと言うことが分かりました。

金曜日の夕方、本校の帰りに、病院に寄ったとき、E子さんが、「お医者さんが家族に話しがあると言われたので、早百合さんも、一緒に聞いてくれないか?」と言われ、看護師さんに、そのことを伝えたら、「身内だけでいいですので・・。」と言われた後、夕食が運ばれました。
E子さんは、「夕食の匂いが、鼻につくから、あっちに持っていって」と言うなり、「スイカが食べたい」と言うのでした。

スイカと言っても、なかなか、ないので、家に向かいついでに、スーパーへ寄って、それから、夫に、お医者さんからの話があるらしいけれど、と言うことを伝え、もし夫がいけるのならば、行って貰おうと思ったのですが、夫も仕事で忙しく、私も、戻る事ができないまま、息子さんからの連絡を待つ事にしたのです。

甥は、一人だけ呼び出され、お医者さんに、一ヶ月の命だと宣告されたそうですが、こちらから電話をしたときには、傍に姪達もいたので、「薬をかえると言うことだよ」と、ごまかし、その後、買っておいた「スイカをとりに行くから~」と言われ、こちらに来て、夫と話をしたそうでした。

夫も衝撃を受け、後から、レッスン室に来た夫は、厳しい顔付きで、宣告内容を伝えてくれ、私も涙が一杯流れて来てしまいました。

精一杯の事をしよう・・。
後悔しないように、精一杯の事をしよう・・。と伝え、夫を、大きくハグしました。
夫の悲しみが伝わってきました。

その後、日曜日に、先ほど、書かせて頂いたように、リサイタルに行き、家に帰ってから、お見舞いに行く予定だったのを急遽変更し、すぐに向かって行くと、病室では、長女の姪が、憔悴しきって、座っているのが目に入りました。
きっと、甥から聞いたんだろう・・。と思いました。

私は、E子さんの傍に行き、挨拶をし、「何かして欲しい事はない??」と聞いたら、「身体をさすって欲しい」と言うので、さすり始めた頃、夫を手招きし、姪と夫は、廊下へと出て行きました。

姪は、その後、泣き崩れて、暫く病室に入ることが出来なくなってしまったと、後から夫に聞きました。

その後、E子さんからは、「身体が凄く重くて、辛い・・。だるい・・。痛い、」等の言葉が出て来て、さすってあげたりしていました。

暫くした後、病院の先生が、来て、廊下に出て行き、囁くように、「今厳しい状態です。心拍数も、だんだん少なくなってきて、今1分間に、5回くらいしかない状態です」などの言葉を伝えてくれ、甥も駆けつけ甥のお嫁さん、2歳の息子さん、生まれて、まだ数日しか経っていない次男の子供を連れ、見舞ってくれたりしたのです。

私達も、息子達に連絡をし、身内が、集まり、ずっと最期まで看とる事ができました。

状態が悪くなってきて、すぐサポートをして頂こうと思い、携帯のアドレスで連絡出来る先生に・・と言うことで、MさんとFさんに連絡をさせて頂きました。
それぞれに、連絡をして下さった事、深く、深く感謝致します。

そして、メールを下さったアロマの仲間の方
お花を届けて下さった方々・・。スクールの生徒さん方、本当に、有り難うございました。
もしかして、名前を、買い忘れてしまった方がいたのならば、本当にごめんなさい。

又、通夜や、告別式に参列して下さった生徒さん、本当に有り難うございました。

(通夜の日、まともな食事を摂ることが出来ない私達に、差し入れとして、手作りの煮物や、巻きずし、果物を持って来てくれた弟嫁のMちゃん、有り難う~)

そして、そっと、エネルギーを送って下さった皆様、本当に有り難うございました。
とっても、とっても心強く嬉しかったです。
本当にエネルギーのサポートを身にしみて感じました。
有り難うございました。

【入院した前後の事】
E子さんが、18日の日、通院で、お薬の点滴を受けた日、ずっと、一緒にいて、ヒーリングをさせて頂いていました。
1~2週間に、一回の通院時、一緒に行っていたのですが、2~3時間かかるので、「一旦、家に帰って、用事を済ませて、又来てくれる??」と言う言葉に甘えて、これまでの三年間の間、中盤から後半に掛けて、家に帰って、用事を済ませ、点滴が終わる頃、病院へ迎えに行き、義妹に代わって、お支払い、薬局へ行って、お薬を頂きに行き、玄関前で待っている義妹を車に乗せて自宅に行く・・。
そこで、レッスンするときもあったり、ヒーリングするときもあったり、胸の内を聞く時間に充てたり・・過ごして参りました。
本当に、この3年間は、あっという間でした。

転移している事が分かったのは、去年の10月頃・・。
これまでにも、いろんな治療を繰り返して来ました。
アロマも、取り入れながらの、この三年間・・。
E子さんも、本当に頑張ってくれたのだと思います。

アロマを学び始めてから、これまでの自分の育った環境の中で辛かった事、悲しかった事等、沢山の話を聴く事が出来ました。
夫もそうでしたが、彼女も、長女がお腹にいるときに、火事で母親を亡くしています。
その年齢は、54歳・。
E子さんが、自分が果たして、お母さんの年齢を超えることは出来ないかもしれないと、どこかで、悟っていたのかもしれません。
そんな事はない。絶対に大丈夫だから・・。と言ったけれど、奇しくもお母さんが亡くなった日は、4日。
そしてE子さんがなくなったのは、2日・・。
これも意味がある事なのでしょうか・・。

それこそ、長女の出産間近に、実家が火事になり、出産してからは、ご主人の実家に身を寄せ、初めての子育てで、産後間もない時に、歳をとったご主人の親も、ご主人の実兄達も、優しい言葉掛けも、配慮も見せてくれなかった事を、いつも愚痴っていて、その影響もあってなのか、私が結婚して間もない時にも、私の実家は、ここなんだよと、どこかトゲトゲしたものを醸し出していて、私は、E子さんと言う人が、本当に苦手だった事もありました。

きつい言い回しで、言う彼女も、アロマを彼女自身学び始めたとき、その実話を伺い、だから、壁を作り、弱さを見せたくないという生き方をしてきてしまったんだね。っと、彼女に伝えた事もありました。

ご主人を亡くした時にも、ご主人の実家は動いてくれなく、私達が沢山動く事になり、感謝された事もありましたが、私自身、E子さんのご主人の実家に対してのわだかまりが、少しでも癒されて行けばいいな~っと思ったものの、間に合わなかった事が、残念です。

ただ、これも愛だった・・。
実家の方達も、どう接していいのか分からなかっただろうし、愛は一杯持っていた方達だったと思うのです・・。

そんなこんなの打ち明け話を聞き、そして、病気になり、死への不安を沢山嘆き、つぶやき、私も、潰れてしまいそうになった事も何度もありました。

アロマを学び始め、感謝すること、謝罪すること・・。

様々な事を実践していくうちに、少しずつ、意識が変わって来て、前向きに捉えられるようになった事は、本当に良かった事だと思いました。

そして、様々なところが悪くなり、自分でも、残されていく家族達へと、何かしていかなければいけないという思いに駆られ、今回の家の新築へと、動く事になったのだと思います。
これまであった家を壊す事。

自分のものを少しずつ処分すること・・。

辛い中、向き合う事で、彼女は少しずつ準備をしていったのだと思います。

こんな事娘達には、言いたくないけれど、処分しているんだよ・。等の言葉も、すでに聞いていましたから・・。

私は、凄いなと思います。
以前のE子さんだったら、被害者意識が一杯で、人を責め、沢山嘆き、自己卑下をし、まき散らしていた事が多かったのですもの・・。

私にしか、こんな事言えないよ~・・。と言ってくれた数々の言葉・・。

それは、娘さん達にも言っていなかったのだと亡くなってから、娘さんに聞いてから、はっきりしました。
確かに、言っていないだろうな・・。と言うのは、うすうす気がついていました。

偶然スーパーでE子さん親子が、普通に、「あ、おばさん!!」と言う雰囲気は、本当に、おだやかな親子そのものだったんですもの・・。

E子さんに、「娘さん達に、私の携帯のアドレスなどを教えてあげてくれる?」と伝えていたのですが、それはしていなかったのです。
彼女も、勘が鋭いところもあり、連絡しあう事を察知したのか、まだ必要がないと思ったのか、分かりませんが・・。

亡くなってから、姪に聞いてみたところ、私へ、メールアドレスを教えるという話は、聞いていないことが分かりました。

あぁ・・。自分一人背負い込んでしまったんだ・・。と、驚くと共に、これまで、辛い治療の同行に、私がさせて貰った事も、姪達は、酷い状態になっている事すら、伝わっていなかった事を知ったのでした。
あんなに、私に伝えてくれたけれど・・。
私も、家族一丸となって、乗り越えて行く事をしないと後悔するよ・・。と、言ったけれど、E子さんにとっては、それが、最善の方法だったのだ・・。と、少しずつ、理解出来るようになりました。

それぞれ、選択する方法がある・・。
それぞれが選んだ方法が、一番良い方法なのだ・・。
そう理解しました。
でも辛すぎますね・・。

私だったら、それは出来ない・・。

息子達や、夫と沢山関わって、後悔ない生き方をしていきたい・。そう思いました。

でも、E子さんは、ご主人を○年前に亡くし、ご主人は、奥さんであるE子さんに、一切の泣き言を言わなかったのです。
辛い胸の内を誰にも伝えることなく、亡くなったのです。

それを魂で感じ、ご主人の胸の内を理解していこうと思われたのかもしれません。
ご主人が、自分に言わなかった事や、言わせなかった事への悲しい思いを、自分で背負い、亡くなってしまった事への懺悔なのでしょうか・・。
ここ最近、そう思えてなりません・・。

だんだん、意識がなくなりつつある時、E子さんは、こう言いました。
「有り難うね。みんな・・。幸せになってね。仲良くしなさいよ。本当に有り難う~・・。」
「有り難う~・有り難う」と大きな声で言いました。

時に苦しそうに「もういい!、もう逝くでね。もう、こんきい(凄く辛いという意味です)。さようなら」と・・。何度も言いました。

傍にいた姪や甥・・。そして、息子達・・。夫、私、涙で一杯になりました。
息子は、小さな頃から、可愛がってくれていたので、彼は、床にしゃがみ込み、膝を抱え涙をぬぐっておりました。
夫も、そんな言葉を聞くに堪え「こら、そんな事いうもんじゃない。富士山を見るっていったじゃないか。家だって新しくして、家族一緒に住むと言ったじゃないか!」
だんだん意識が遠のいていく時、甥や姪は「お母さん、有り難う。心配しないでね。大丈夫だから、みんな仲良くするから・・。心配ばかり掛けて本当にごめんね」と言いながら、だんだん呼吸が浅くなり、最期は眠るように、光へとなっていきました。

沢山、手や足をさすり、沢山、話しかけ・・最期を迎えました。

これも愛だったんだ・・と、やっぱり思います。
普通だったら、ここまで向き合う事すらなかったでしょう・・。
E子さんにとっても、ここでの学びは、癒されていった事の道しるべになったのだと思います。

その後、我が家で、二晩ほど、安置させて頂きました。
夫が、「E子、家に来い」と、E子さんに声を掛け、借家で過ごすのは、寒いだろうから・・。と、過ごしました。
多くの人が、お悔やみに来て下さり、悲しみの涙を、沢山流して下さいました。
悲しいけれど、精一杯頑張った・・。
私は、思います。

本当なら、今回のディプロマ試験を受ける流れでもあったのかもしれません。
今回ディプロマ受験をして下さった生徒さん達とも、同じクラスで学んだ時期もあったんだもの・・。

E子さん、沢山の愛を有り難う・・。。
これまでにも、いろんな事があったし、私達も、イヤな間柄だった事もあったけれど、お互いが、分かり合い、本当に「愛おしい」存在として、義姉妹として、過ごせた事、本当に幸せに思うよ~・・。

本当のあなたの姿を見ることが出来て、本当に可愛らしいあなたを知ることが出来て、私は、本当に一緒に過ごせて良かったと思っている・・。

もう、魂だけの存在となったあなたは、苦しみがなくなり、軽やかになっているんだろうね・・。
だって、言っていたもんね。

「早百合さん、この身体本当に、鉛のように重いの・・。無重力になって、ぷかぷかと浮かばせて欲しいくらいだよ~」っと・・。

そして、気になっていた事・・

これも引き合わせてくれた事だったと思っている~・・。
それは、あなたが亡くなったと言うことで、ある息子が、二晩だけだったけれど、帰って来てくれた事・・。
あなたが、家族を引き合わせてくれたのかもしれないと思っている。
有り難う・・。
又、ある息子の涙も、本物だった。
そして、夫の涙も本物だった・・。
そして、通夜で、涙した隣りに座った息子の鼻をすすった音も本物だった・・。

あの日・・。息子達は、やりとりがあった事をある息子から聞いた・・。
弟達とも、電話のやりとりがあったそうな・・。

そんな彼が、「俺は、こっそり、通夜に出る」と言ったそうな・・。

そんな彼がこっそり、来たのを見つけたスタッフのrupiちゃん。

彼を捕まえて、「何しとる!」と・・。そして係の人に私を呼んで貰い、私もスリッパも、靴も履かず、ずかずかとその息子の傍に行き、彼のバッグをひったくり、親族の席に呼び寄せる事ができ、親族も交えて、応援の言葉を頂いたり、夫を呼び寄せ、夫の頑固なところをたしなめられ、夫も息子に、来てくれた事への感謝の言葉を述べる事ができ、二人の距離も縮まったようにさせてくれたのは、やっぱり、E子さんだったと思うもの・・。
彼が家を出て行った事も、東京での生活大丈夫かね?と心配をしてくれていた事もあった・・。

告別式も終わり、その夜、彼は東京へと帰っていった。

夫が駅まで送っていき、彼に少しだけお金を渡した・・。これも凄い事・・。
自立させ、自分で選んだ道を応援出来る夫になったのも、周りからのサポートがあって出来た事・・。
E子さん、従姉、rupiちゃん、他様々な方達のサポートがあっての事・・。

E子さん、あなたからの愛は、届いているよ~・・。
後は、私達が、あなたの娘さん達の行く末を、見守らせて貰うからね・・。

天国へ旅立ったあなたへ・・。

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